所感:「ナッシング by マックス・メイビン」
ナッシング by マックス・メイビンとは?
メンタルマジックの大御所Max Maven氏(マックス・メイビン)の2枚組DVDで、スクリプト・マヌーヴァ社から日本語字幕版も出ている。
内容は、「空港からスタジオに行く途中でスーパー・マーケットに立ち寄って道具を揃え、30分ほど準備し、観客を沸かせる50分のメンタル・マジックショーを行った」そのときの演技・方法をすべて解説。というもの。
「ありふれた道具」を使い、「ありふれた手法」は避けるというコンセプトのようである。
所感
DVDの再生順番について
2枚組のDiscになっているのだが、Disc1を再生すると「ベーシック・ショー(45分)」と「エクステンデッド・ショー(53分)」の2つがとりあえず目に付く。
実はこの2つ、内容はほぼ一緒なのだが「エクステンデッド・ショー」から一部カットしたのが「ベーシック・ショー」である。
カットされているのは「ジャスト・チンツ」という演目なのだが、この手順のみ今回のコンセプトに合わない(特殊な道具を使う)のでカットしたものを「ベーシック・ショー」として収録したそうな。
またDisc1で「クレジット」というタイトルで収録されているのはクレジットではなく「オーディオ・コメンタリー」だったりする。
Disc2での解説後「Disc1のクレジット、実はオーディオ・コメンタリーだから観るんだ」とマックス・メイビン氏からDisc1へ戻るように言われるのだが、知らずに観るとちょっと混乱する。
(ちなみにDisc2は全編解説である)
ということでこのDVDを観る際は、
の順番がいいんじゃないかなと思いました。
内容全般について
解説のチャプターにはスティーブン・ミンチ氏、ジーン・マツウラ氏、ジャン・ローズ氏、ユージン・バーガー氏、ブランドン・コム氏の5名を聞き手に迎えており、マックス氏の解説に対して「ここがすごい」や「これによって観客はこうも感じる」「従来の手順だとこんなミスが起きた」「ここはどうするんだ?」といった意見が飛び交う。
メンタル系のマジックは工夫点が説明されないと分からないことが多いが、この形式の解説は分かりやすかった。
字幕がなかったら全然理解できなかったと思う。
また、オーディオ・コメンタリーで聞ける「このときはミスした」「こう言ってワンチャン変わるか試した」「有利な情報が観客の口から出たけど、ここでは聞こえないフリをした」「ここで聞き出してます」なんていう、ショーの最中に何を考え、どう実行に移したかが分かるというのは、実際にショーをしている身からしたら本当に助かると思いました。
こういう知識人を迎えた対談形式の解説や、ショーのオーディオ・コメンタリーは普及して欲しい。としみじみ思いました。
ディスポーザブル・カラー
観客の言う色を予言している。
解説映像に実演映像あり。
たまにこの系統のトリックを「ラッキー・パターン」と表現している人が居るのですが、ニュアンスが違うと思うんですよね。
サイコロジカル・フォース(字幕ではメンタル・フォースとなってる)と、コールド・リーディングでいう「ruse」を組み合わせた手法。
こういった方法はミスター・マリック氏が上手かった印象がありますが、メンタル系に疎いマジシャンには浸透していない印象があります。
ナイル・デリべーション
マジシャンが他の数人の観客に数字を言ってもらい、合計数を別の観客に計算して出してもらう。
スケッチブックに書かれた数字と合計数が一致している。
「ナイルの源泉」という原理を利用したトリック。
歴史的なことを色々語ってくれてる。すんごい。
工夫点は小さなものだが、地味に効いてくるとこ。
オーディオ・コメンタリーいいなぁーと思いながら観ていた。
シンクロスティック
2本の腕時計を使った「Do as I do」。
腕時計はうん、機械式時計なんかは知らない人が操作すると中の機構が壊れたり、近年腕時計をしている人は時計に特別な意味があったりするのであまりおすすめは出来ない。
紙とペンと腕時計があれば演じられるので、覚えておくといざというときに役立つとは思います。
協力してくれた観客が間違えたときに、傷つけずそれとなく納得させる気遣いなんかも見どころ。
アストロロゴス
星座の書かれたポーカーチップからランダムに選んだチップが、もうひとりの観客の星座である。
そんなアイディアを元にこのトリックを考えたのかぁと思ったトリック。
ポーカーチップの選ばせ方も好きだが、もともとはステージで行われた、クロースアップやサロンでは通じなそうなトリックのアイディアを、上手く実用化したトリックだった。
ショー慣れしてないと上手く出来なそう&観客席とステージのアクセスしやすさにも影響を受けそうだが面白いアイディア。
自分がしたいか?と聞かれれば、ポーカーチップの選ばせ方は使ってみたい。と答える。
オーディオ・コメンタリーが一番よく分かるが、ちょっとした偶然を利用して現象をさらに強力にする手腕が見どころだと思う。
また、マックス氏は観客の名前を忘れてしまうというミスをしていたが、再度同じ情報を得るために行ったアドリブも必見。
ジャスト・チンツ
最後に残った紙袋からは腕時計が出てくる。
いわゆるバンクナイト。
バンクナイトという言葉の由来を初めて知りました。へー。
この演技は「ベーシック・ショー」に含まれておらず、その大きな理由は「特殊な道具を使うから」である。
そこまで手に入りにくいものではない・・・ということだが(自分で簡単に加工出来る)、意外と既製品は見つからない。
ボナ植木氏の「Luck in the Last Choice★Dice」という道具を買うと付いてきていたのだが、今は在庫がないようである。
(一応このセットが今は売ってますがすぐ無くなりそう→ここクリック)
ハズレの袋を開けているだけの時間、アタリへ辿り着くクライマックスまでをどうやって面白くするか。という問題へのマックス氏の手本ともいうべき演技。
バンクナイト系の演技すべてに通じるものだと思うのでご参考にどうぞ。
この考え方、サスペンス理論ですね。
ギミックを使わずに演じるアイディアも紹介されているのでそれも人によっては使えるかも。
サイコメティア
いわゆるサイコメトリー。
手法は古典的なもの。トリックの本体はマックス氏の演出だ。
ヴァージンステートの原理や、ユージン・バーガー氏が過去に遭遇したトラブルとその対処法の話、ジャン・ローズ氏の実体験からくる女性ならではの視点からの話など、すでにショーに取り入れてる人には参考になる話多数。
サイコメトリーを演じているメンタリストが陥りがちな悪い点の話もあり、すでに演じている人は耳を傾けてみるのはいいかがだろうか。
パラ・サイト
雑誌を使ったブックテスト。
単語ではなく観客が開いているページのイメージを読み取る系。
これ思いついたとき天才かと思った。でもすでに考案者がいた。というマジシャンあるある披露あり。
このトリックの本体も原理や手法じゃなくて演出だろう。
こういう質感のトリックが好きな人は、Harvey Bergの「Final Exam」(日本語名:ブックテスト最終兵器)や、北原禎人氏の「Independent Film」(『HUMINT』収録)とかがいいんじゃないかなって思う。
そういえばダレン・ブラウン氏は、ブックテストは趣味じゃないからやらない。単語当てるなら本なんか使わずに観客の心の中にある言葉を当てたほうが良い。もしどうしてもやるなら、ポストカードとかを絵の多い物を使う。というようなことを言ってた気がしますが、パラ・サイトは比較的それに近いイメージですね。
対談withマイケル・ウェーバー
ショーの構成についてなどの対談。
特に興味深かったのは、デビッドホイ、アルコーランのメンタリスト2大巨塔が引き起こした功罪についての話や、メンタリストが超能力を自称する嘘についての話、「下手なマジシャンじゃこう演じる、上手いマジシャンはこう演じる、そして最高のマジシャンは・・・」といったところかなと。
オーダーメイドじゃないスーツが合うわけがない
最後に
なんか所感で大体書いた気がする。
メンタルマジックに限らないが、何をもって改案としているか言われないと分からない部分の説明や、原案や歴史的な背景なかの説明もしてくれていてとても分かりやすい。
聞き手に知識人を多数配置しているのもよく、オーディオ・コメンタリーでショーの最中に何を考えて行動しているのか知れるのも良い。
現場で培ったノウハウを放出するなら、こういう形式がすっごい良いと思い知った。
オーディオ・コメンタリーなしでよくこんなレクチャー出せたなwwwとか言ってたら、みんな入れるようになったりしないかな?やってみようかな・・・。
収録されているトリックの原理自体は特に優れた物というわけではなく、観てすぐにレパートリーに入れれるようなものは少ないと思う。
このDVDはすでにショーで演じているマジシャンが参考にするようなものであり、レストランや飲み屋なんかでちゃちゃっと演じてるような層には無用の長物だと思う。
マジックをガチでやってる人だけ観れば良いと思うし、こういう作品を見たところで大半の人は価値を理解できないんじゃないでしょうか。
アイディアの成り立ちを知らなければ、本質と意図を見失ってしまう。ということを言っていましたが、動画という尺を取る割に情報量の少ないメディアが普及してきた昨今、非常によく突き刺さる言葉になってきたと思います。
というわけで、ガチでマジックをやっている人だけ観たらいいんじゃないかなってDVDでした。